飛騨の神社めぐり その7

にほんブログ村 地域生活(街) 中部ブログ 飛騨高山情報へ  にほんブログ村のランキングに参加中なので登山バナーをクリックしてチョダイ!
にほんブログ村

日枝神社 (ひえじんじゃ)

通称 飛騨山王宮 (ひださんのうぐう)

住所 岐阜県高山市城山町156番地

主祭神 

大山咋神(おおやまつみのかみ)

由緒由来 

遠く永治元年(1141)、時の飛騨守時輔朝臣が、ある日片野山中で狩りに出て、奇瑞のことがあったので、その城をかまえていた石光山(今の高山市片野地内)に近江の日吉大神を勧請して、城の鎮護としたのがはじまりである。

その後、四代目景家の時、養和元年(1181)正月、源義仲の部将手塚光盛に攻められ、利あらずして敗亡、社殿も兵火にかかって消失したが、幸いにして御霊体は災禍をまぬがれ無事奉安することができ、里人によって社殿は再興され、片野村の産土神として奉祀されていた。

幾多の年月を経て天正13年(1585)、金森長近父子が豊臣秀吉の命によって飛騨へ入国、諸将を平らげて国内を統一し、国守に封ぜられて、同14年、城を天神山(今の城山)に築いた。

金森氏の祖は近江国で、代々日枝大神の崇敬が厚かったことなどから、慶長10年(1605)、片野より現在の地へ奉遷して城の鎮護神とし、社地と社殿を寄進造営、社僧松樹院を置いて片野、高山南半分の産土神に定められた。

かくして金森氏歴代100余年間、城主の崇敬あつく度々の社殿の改築修造が行われてきた。

今に残る社殿の棟木、神輿等に見る国守の紋所梅鉢はじめ金森長近公愛用の陣羽織及び刀等にもそれを伺うことができる。

元禄5年(1692)、城主移封となり、徳川幕府の直轄となってからも、歴代の代官・郡代の尊崇あつく、度々社殿の修築、参詣があった。

明治以後は郷社を経て昭和に県社となり、一般に『山王さま』と親しまれ、氏子数2700戸はじめ高山市民の尊崇を集めている。

祭礼は春の高山祭り(はるのたかやままつり)で4月の14日と15日に行われる。

290205城山町・日枝神社01

この参道を進んで行くと左側に朱色の鳥居があります。

290205城山町・日枝神社02

立派な日枝神社の鳥居。

290205城山町・日枝神社03

日枝神社の本殿。

290205城山町・日枝神社04

日枝神社の大スギ。

290205城山町・日枝神社05

日枝神社の大スギの説明看板。

Filed under: 散歩 — masao 9:25 PM  Comments (2)
トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:

2 Comments »
  1. そう言えば、長い間、高山市内の名だたる神社に行っとらんな~(-.-)
    初詣で地元の神社に足を運ぶ程度やな~(^^;そやけど、あんまり人が行かんような神社にまで行くと不審者(賽銭ドロ)に思われそうで(^^;)そうでなくても不審者やってか~(^o^)
    週間予報では来週もイマイチ・・・・・。

    Comment by sachi — 2017年2月6日 12:37 AM
  2. 日枝神社では参拝者に会わずオイラ一人で大山咋神(おおやまつみのかみ)には晴れるようにお願いが出来たm(._.)m
    ちゃんとお賽銭箱に10円入れたぞ!
    何処の神社へ行っても何故か心が和む(山の頂上でも同じ感じ)
    ☀の日曜日が待ち遠しい。

    Comment by masao — 2017年2月6日 8:31 AM
Leave a comment





(一部のHTMLタグを使うことができます。)
<a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <s> <strike> <strong>