古城山からヤッホー

 土岐氏一族が住んでいた大桑城へ!

古城山 (こじょうさん) 407m

2018年1月14日岐阜県山県市の古城山(金鶏山)へ登りました。

先週は美濃地方に位置する東の古城山へ登り、今日は西の古城山(金鶏山)です。

9時8分岐阜県山県市大桑の登山口から単独で登山開始。

砂利道の林道を少し歩くと登山口があった。

日当たりの良い南側の斜面を登ります。

古城山の山頂直下の広場には伝「天守臺」と書かれた看板と石碑と祠がありました。

古城山の山頂に建てられた大桑城は土岐氏一族が美濃を治めていたそうです。

その後、土岐氏一族は斎藤道三に追われたそうです。

10時10分古城山(金鶏山)の山頂に到着。

ヤッホー ( -。)<<<<

古城山の山頂からの展望は北方が少し望める程度で樹林の中にあったので、早々にミニチュアの大桑城まで戻り展望を楽しむ。

大桑城からの展望を楽しんだ後、下の広場まで戻り、昼食の準備。

古城山の山頂直下からの展望は金華山が中央に望め岐阜城も確認出来た。

古城山の山頂直下の広場でお話しされた地元の方の話では、土岐氏一族は大桑城から岐阜城へ移ったと言ってみえました。

古城山の山頂から「はじかみ林道」登山口へ下山すると林道開通記念の石碑と立派な公衆トイレが建っていました。

ここから舗装された林道を駐車場まで歩き無事下山しました。

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先週登った東の古城山(鉈尾山城)と同じ文字の山が近くにあることを知り登りました。

大桑城(おうがじょう)の歴史は、

築城年代は定かではないが、一説に承久の乱の功によって大桑の地を与えられた逸見又太郎義重の子、逸見又三郎重氏が築いたとも云われる。

その後、美濃国守護土岐氏の城となり、守護所を枝広館から、大桑城下へ移したとされ、天文11年(1542年)に土岐頼芸は斎藤道三によって一時美濃を追われた。 頼芸は越前朝倉氏・尾張織田氏の仲介により和議が整い美濃に帰ることができたが、天文21年(1552年)再び美濃を追われ、土岐氏は滅亡したそうです。

古城山(金鶏山)の山頂には大桑城本丸跡地近くにミニチュアの大桑城(模擬天守閣)が造られていて、ミニ大桑城と呼ばれているそうです。

駐車場に車を駐車し、左方向の林道を進み、時計回りで古城山の山頂へ向かいましたが、登山道は歩き易く、案内看板も沢山あり1時間程度で古城山の山頂に着きました。

古城山の山頂からの展望は樹木が邪魔して北方の展望が少し望める程度でしたが、山頂の手前にある大桑城の建つ所と伝「天守臺」と書かれた看板の広場からは金華山や伊吹山等が望め、結構楽しめる光景でした。

展望を楽しんで昼食を済ませた後、はじかみ林道の登山口経由で駐車場に戻りました。

今日も古城山の神様に見守られ無事下山できました「古城山の神様ありがとうございました」

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詳細はヤマレコに書き込みましたので宜しく!

Filed under: 山登り — masao 10:10 PM  Comments (2)

古城山からヤッホー

  東海北陸道の古城山トンネルの上に聳える東の古城山

古城山 (こじょうざん) 437m

2018年1月7日岐阜県美濃市の古城山へ登りました。

9時3分岐阜県美濃市の美濃市運動公園の体育館手前の駐車場に駐車し単独で登山開始。

ここの登山口から古城山の山頂をめざす。

登山道の脇に建つ東屋はちょこら変わった屋根の形でおしゃれな東屋でしたが、床の板が腐り「立入禁止」テープが巻いてあった。

10時3分古城山(鉈尾山城)の山頂に到着。

ヤッホー ( -。)<<<<

古城山の山頂は戦国時代佐藤氏三代が城主の鉈尾山城が建っていた跡地のようでした。

古城山の山頂からは西側の展望が開け百々ヶ峰、池田山、伊吹山、誕生山、天王山、舟伏山、今渕ヶ岳、高賀山、瓢ヶ岳などの山々が望めた。

古城山の山頂からの展望はこんな感じ。

下山の途中に登山道から雪に覆われた伊吹山の望む。

登山道から美濃の街を望む。

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オイラの場合、単独登山なので雪の山は雪が固まるまで(3月以降)避けて雪の無い山をめざしました。

ラッセルして歩くのは体力的に・・・・厳しい。

東海北陸道の古城山トンネルの上に聳える古城山へ登りました。

古城山と呼ばれる山は岐阜県の美濃地方には2座あり、今日登った古城山は東の山で、戦国時代佐藤氏三代が城主の鉈尾山城が建っていた跡地です。

美濃市運動公園のそばの駐車場に駐車し、体育館の前を通りテニスコートを左に見て進む(ここで道を間違え5分のロス)と登山口の看板がある。

古城山へ登る道は古城山遊歩道で歩き易い登山道のような感じです。

整備された階段を登り、林道を横断して登って行くと、ちょこっと形の変わった屋根の東屋が建っていて美濃の街が望めましたが、床が腐り「立入禁止」のテープが巻かれていた。

東屋から美濃の街と長良川の光景を楽しんだ後、再び遊歩道を登って行くと古城山の山頂に着きました。

時計回りで登る登山道は、古城山の山頂まで8割が整備された階段の道でした。

古城山の山頂からの展望は、西方向だけ良く(金華山、百々ヶ峰、池田山、伊吹山、誕生山、天王山、舟伏山、今渕ヶ岳、高賀山、瓢ヶ岳)など望めましたが、東、南、北方向は樹木が展望を妨げ(樹間から恵那山、御嶽山、乗鞍岳、北アルプス等が少し望める)イマイチでした。

 古城山の山頂で展望を楽しみ、軽くラーメンを食べながら一時を過ごし、南方向の道で美濃市運動公園の登山口へ戻りました。

古城山の遊歩道は階段が多くて膝痛の具合を試すことが出来て有難かった。

古城山の神様に見守られ無事下山できました「古城山の神様ありがとうございました」

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詳細はヤマレコに書き込みましたので宜しく!

Filed under: 山登り — masao 8:28 PM  Comments (2)

松倉山・原山からヤッホー

 2018年の初登りは高山市民の山へ

松倉山 (まつくらやま) 875m 10回目 1・2・3・4・5・6・7・89・10

原山 (はらやま) 904m 11回目 1・2・3・4・5・6・7・8・910・11

2018年1月1日岐阜県高山市の松倉山原山へ登りました。

8時39分岐阜県高山市西之一色町の民俗村の駐車場より単独で登山開始。

シンボル広場に到着する頃には一汗掻き体が軽くなっていました。

9時26分松倉山の山頂に到着。

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松倉山の展望は曇り空の為、高山の街が望める程度で乗鞍岳や北アルプスは望めませんでした。

山頂の積雪は20cm程度で昨年より少なかった。

松倉山の山頂からの展望はこんな感じでイマイチです。

シンボル広場まで戻り松倉観音堂へ向かいます。

8月に行われる絵馬市で有名な松倉観音堂。

松倉観音堂を通り過ぎて原山へ向かいました。

10時8分原山の山頂に到着。

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原山の山頂からの展望も曇り空の為、イマイチでした。

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2018年の初山登りは高山の街の西側にある松倉山と原山へ登りました(約50日ぶりの山登り)。

天気が曇りだったので展望はイマイチでしたが、久々の山登りでいい汗が掻けて満足でした。

民俗村の駐車場に車を駐車して、飛騨の里の道を進むと高山市の貯水場が建っている所の林道を左へ進み、300m程度進むと右側へ登って行く登山道があるので、ここを登って行きました。

登山道を登って行くと林道に出るので、林道をを横断し、さらに登山道を登ると祠のあるシンボル広場に着く。

祠で2018年が平穏な年である事をお祈りして左方向にある松倉山へ向かい、10分くらいで山頂に着きましたが、曇り空の為展望はイマイチで高山の街は望めましたが、乗鞍岳や北アルプスの山々は望めませんでした。

松倉山の山頂から再びシンボル広場まで戻り、松倉観音堂経由で原山の山頂へ向かいます。

シンボル広場から松倉観音堂までの道は緩やかな傾斜の道で歩き易く、雪景色を眺めながら進むとあっと言う間に松倉観音堂に着きました。

松倉観音堂の上の所に鳥居があり、御嶽教弘明教会と書かれている所を登って行くと祠があり、ここでも2018年が平穏な年である事をお祈りし、原山の山頂へ向かいました。

松倉観音堂から「かなとこ岩」までの登山道は急坂ですが気合を入れて登れば直ぐに着き、ここから原山の山頂までは緩やかな道で、あっと言う間に着きました。

原山の山頂からの展望も曇り空の為イマイチだったので、尾根の登山道からシンボル広場まで戻り、駐車場まで帰り山登りを終えました。

松倉山と原山の神様に見守られ無事下山できました「松倉山と原山の神様ありがとうございました」

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詳細はヤマレコに書き込みましたので宜しく!

Filed under: 山登り — masao 9:49 PM  Comments (1)

謹賀新年

  彩雲は吉兆の予告

明けましておめでとうございます。

本年も宜しくお願いします。

「彩雲(さいうん)」とは、太陽の近くを通りかかった雲が、赤や緑など様々な色に彩られる現象のことをいいます。古来から瑞相(良いことが起きる前触れ)の一つと言われ、「見た人には幸運が訪れる」とも言われている。

Filed under: 仕事 — masao 12:01 AM  Comments (2)